
年々減り続ける仕事。事業継続の危機感から、等々力工業会へ仕事を引き込む方法を模索していた。偶然にも同時期に等々力アリーナでビジネスフェアが開催される事となり、出展の誘いがあった。工業会全体での出展は賛否両論があるだろうと、まずは名乗りを上げた5社での参加となった。
…それが「チーム等々力」の発足であった。
フェアでは、多くの会社や大学の担当者へがむしゃらに名刺を配り歩いた。興味を持ってくれたなかの一人である明治大学の柴田知財マネージャーがチーム等々力ブースを訪れ、等々力工業会の見学を希望。工場を訪れた柴田氏は、金属加工技術の高さに驚きを示し、産学連携を提案。それが「長周期地震対応免震テーブル」開発のスタートとなったのである。

後日、大学が研究・製作している免震テーブルを見せてもらう為に研究室を訪れた。
「学生達が作った物を拝見したが、はっきりいって物凄くゴツくて、ネジだらけだった」(堀端氏)
早速、同じ機構(円弧バネ)で動くサンプル模型を作り、持ち込んだ。さすが職人の作った物は、必要な部分には必要なだけ、単純で良い部分には最低限にネジやパーツがあてがわれていた。
学生達は、そのスマートな造りに、“職人の知恵と経験”から生まれるものへの驚きを見せ、同時に自分達が目指すべき目標を見つけたかのように、とても興味をもってくれたという。

明治大学との共同研究で完成した「免震テーブル2号機」が新聞に掲載された。
掲載当日、記事を見た電気通信大学から現物が見たいという電話があり申し出を受けた。 翌日、3人の教授が訪れた。電力が要らず、シンプルな構造でメンテナンスが簡単でありながら長周期地震への対応が出来ている点が高く評価され、2台の購入を即決。
「タイミングが良すぎる。とても運が良かった」(堀端氏)
大学が、スウェーデンから希少で大きな真空管を借りる交渉の際に「免震テーブルの利用」が条件とされ、大きな地震でも耐えうるものをちょうど探していたところだったという。
2011年3月11日14時46分18秒
未曽有の大被害をもたらした東日本大震災が発生。心配になり、すぐに大学の館長へ連絡した。
「館長の『大丈夫だよ!完璧だ!地震で被害が出ない様にどんどん営業した方が良い』、その言葉がとても嬉しかった」(堀端氏)
最初に造った物は、ライバルメーカーでは60万円という価格に対して、1台105万円と安い部類では無いが、職人の知恵で素材を見直し、以後コストの削減を図った。
大手のような大量生産・宣伝は難しい。しかし、小回りの利く町工場だからこそ、オーダーメイドへ迅速に応えられる。その強みを活かし、ある寺院からの要望で様々な大きさの仏像を乗せる用途での3台の制作依頼につなげた。
職人として、開発者として心がけるべき事…「想定ではなく、想像以上の事を考え、余裕を持たせた開発をする」(佐藤氏)
チーム等々力の製作した「長周期地震対応免震テーブル」は、戦後最大と言われる阪神・淡路大震災より大きな地震でも余裕で耐えられるように設計されたという。
「今後は、度重なる地震での疲労を防ぐ“家丸ごと免震”などへ挑戦してみたい」との両氏の言葉から、町工場のみなぎる活力を感じた。
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