
「友人に連れられて、初めて横須賀に来たときに、米軍基地やどぶ板通りを通ったんです。そのときの景色が新鮮で、今でも鮮明に覚えています」。汐入駅を降りた時から、「アメリカ」を感じていた。横須賀出身でないからこそ、横須賀の魅力がわかったのである。
そんな鈴木氏が「YOKOSUKA軍港めぐり」を誕生させたきっかけは、期間限定で不定期に行っていた当時のお客様の声からだった。
しかし、実現までは「壁」の連続だった。なかでも最も苦労したのが、大企業との調整だった。土地を借りるための地主である大企業の本社まで辿り着くには、いくつものステップを経なければならなかった。
「周囲にはことごとく反対されましたよ」と話し、こう続けた。「でもその反対をエネルギーに変えていったんです。逆に反対がなければ実現できなかったかもしれませんね」
絶対に諦めなかった。地道な交渉や調整をする日々は続いた。
「とにかく大事なのは、『人との繋がりをどれだけ深めることができるか』ということです。人が集まるとすごいパワーがでますよね。その部分は意識をして力を入れました。すばらしい人達に支えられたからこそ実現できたことを忘れません」
ようやくオープンに漕ぎ着くことができたのは、起案から3年の月日が経った頃だった。この横須賀の地に降り立ったあの日に感じた"日本の中のアメリカ"。ついにこれを表現できる日がやってきたのである。

「YOKOSUKA軍港めぐり」オープンに当たって、鈴木氏が最も重要視したのが船内ガイドだ。テープをただ流すだけではつまらない。「ガイドを複数名導入し、各々個性のある船内ガイドをするのが1番」と考えた。
「会社が何かやっているということはないんです。ガイドの社員がみな自発的に、歴史や艦船について勉強をしています」
特にその日の第1便目は、どんな艦船が泊まっているか誰もわからないが、対応できるように日頃から勉強しているのである。
「常に言っているのは、掘り下げていくとマニアックになりがちになるので、『お客様が聞いて面白くわかりやすく』ということ。具体的には、値段や大きさなどは、たとえを用いて話すことですね」
さらには、愛する横須賀の地域活性のため、街に顧客が流れていくようにうまくアナウンスすることも欠かしていない。
「当初は宣伝、広告にも苦労をしました」
地元で発行しているフリーペーパーに広告を掲載するだけでも一苦労だった。しかし、やがて旅行会社から「他にはない面白いもの」ということで、注目されるようになった。横須賀から神奈川県全域へと広まっていった。さらにテレビでも取り上げられるようになり、全国的な観光地となるまで成長した。いまでは、雑誌、新聞、ニュースなどのメディアに引っ張りだこの毎日である。あまりの人気に、予約が取れないこともあるほどだ。

「いまやりたいのは、"外国からみた日本"を横須賀港で表現すること。それはアメリカ人、日本人双方に楽しんでいただけるものなんですよ」
今後も、確かに横須賀にある"日本の中のアメリカ"の存在をますます輝かせ、現実のなかで表現していくに違いない。
![]() |
|
![]() |